完璧主義で、リリースできなかった話

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個人で開発しようと思うと、基本的には後発になってしまうので「既存のものより良くしないといけない」という気持ちが強くなりません?
少なからず私は毎回そのジレンマでぐるぐるしてます。

それ自体は間違っていない。(そう思いたい)
でも、それが完璧主義と組み合わさると、リリースの邪魔にしかならない。

あなたは大丈夫ですか?
これは自分に対する自問自答でもあります。

足し続けた結果、飽きた

受託開発の合間に進めていたMacアプリとiPhoneアプリが1つずつあって、どちらもリリースしていないのにもう満足して放置しています。

そう、この話は私の話です。

  • 「あのアプリのここが嫌だからこれを付けよう」
  • 「あれも実装したらユーザーが便利かも」

と、どんどん追加していきました。
最初のうちは楽しい。実装して動く瞬間は気持ちいい。

でも気がついたら、最初に描いていた像がどこにあるのか見えなくなっていた。
そして一番最悪なケースが来た。

リリース前に飽きてしまい、ペンディング状態になった。

という背景です。
というのも、これが初めてではなく今までに何度もあるので確信犯です。

損はしていない、でも無駄ではある

じゃあ損したか?と聞かれると、感覚的には「損した」とは思っていない。

技術は身についたし、試行錯誤のなかで気づいたことも多かった。
一応リリースはしていないけど自分自身が使っている。

開発ポリシーとして売れそうなものではなく「自分が欲しいものを作る」としているので、その点は助けられています。

でも、その実装した時間、考えた時間は無駄だよね、というのは正直なところです。

リリースしてから気づける改善点は、リリースしないと絶対に気づけない。
ユーザーからのフィードバックも、もちろん得られない。
改善もできないし、そもそも誰にも使ってもらえない。

完璧に近づけた気でいても、それは自分の頭の中での話で、実際に使う人がどう感じるかはわからないんですよね。

使うのはユーザーで、払うのもユーザー

完璧主義の一番の問題は、視点が自分に向きすぎることだと思う。

「この機能が足りない」「クオリティが低い気がする」——でもその判断をしているのは自分。

使うのはユーザーであって自分じゃない。お金を払うのもそう。

最終的に「良い」かどうかを決めるのはユーザーで、リリースしない限り、その答えは永遠に来ない。

自分が満足するまで完璧にしたい気持ちはわかるし、私もまだそこの沼からちゃんと這い上がれていません。でもそれは「作りたい」であって、「届けたい」ではないかもしれない。

まず出す、が最速の答え

今のところ、自分が出した結論はこれです。

  1. まず出す。
  2. フィードバックをもらう。
  3. 改善する。

「まず出す」はクオリティを妥協することじゃなくて、スコープを絞ることです。
初めから完全体にしなくてもいい。

受託開発と個人開発は「完成の定義」が全然違って、受託はクライアントが決めて、個人開発は自分で決める。なので個人開発では自分で「OK」を出さないといつまでも終わることはありません。

とりあえず使ってもらえる状態まで持っていくことが最優先で、そこからの積み上げが結局差別化になる。
そもそもどれだけいいものを作っても認知されなければ、どれだけいいサービスでも意味がなくなっちゃうので。

完璧主義が悪いとは言わないけど、リリースより先に完璧主義を発動させるのは順番が違うのかなと思います。

「ここまでやったらリリースする!!」というのを決めてサクッとリリースしちゃいましょう!
どれだけ完璧でも、ユーザーの声までは聞かない限り気づけません!

— niau